明治以降
明治中期までの民間の重工業は造船以外にあまりなく、従って鋳造技術の発展は海軍、又は民間の造船所主導で発展しています。
明治中期になると、都市近代化の要請に伴って鋳鉄管製造が発展し、新しい分野が開花します。
鋳造部門別に見てみますと、
 
反射炉
反射炉
・銑鉄鋳物
溶解炉としては、キュポラが普及し電気による送風となって、大型炉採用で大きな鋳物の生産も可能となり、更に機械工業などの発展に伴い、生産量も急拡大していきます。
昭和の中期になると、溶解炉も低周波、高周波誘導電気炉による溶解が発展し、今日では銑鉄鋳物の半分以上はこのような電気炉溶解となっています。
材質的に見ると、大正時代に、それまでの銑鉄だけの溶解から鋼屑を配合した高強度の高級鋳物が実用化されるようになります。特に第2次世界大戦後になると、鋼並の高強度を有するダクタイル鋳鉄が開発され、今日でも唯一このダクタイル鋳鉄の生産量は増加の傾向にあります。


・鋼鋳物

鋼鋳物の生産は明治の初期に試みられましたが、溶解精錬が困難でなかなか製品化出来ませんでした。
明治34年に八幡製鉄所が完成したあと、ようやく鋼鋳物の生産が可能となりました。
溶解炉としては、はじめは平炉が使用されましたが、今日では電気炉(電弧炉)主体で生産されています。
材質的にも、当初は普通鋼でしたが、今日では合金なども含んだ各種の特殊鋼製品も生産されるようになりました。

 
アーク炉
アーク炉
・銅鋳物
銅は人類が最初に手にした実用金属で、永い歴史を有していますが、現代でも他の金属と代替えできない貴重な用途が多く、あらゆる物に利用されています。
大正時代までは青銅鋳物主体でしたが、船の推進器用として、強力なマンガン黄銅に進み、更に昭和年代に入り、銅−亜鉛−珪素系のシルジン青銅などに発展しています。
その他の材質としては、りん青銅鋳物、鉛銅鋳物、アルミニウム銅鋳物、白銅鋳物、など各種の用途に合った銅合金鋳物が開発されています。
溶解炉としては坩堝炉が主に用いられています。
 
るつぼ炉
るつぼ炉

・アルミ合金鋳物

アルミニウム金属の工場生産が始まったのは19世紀になってからで、我が国では昭和9年に生産が始まっています。当時、航空機の発達に伴いアルミ合金鋳物の生産が始まっています。
アルミは実用金属のなかで最も遅く実用化されましたが、アルミ合金鋳物は比重が2.7と軽く、その後の産業の発展に伴い、歴史の永い鉄や銅鋳物と肩を並べるまでに急速に伸長しています。

・マグネシウム合金鋳物

マグネシウム金属の製法は1853年にドイツで発明され、我が国では昭和6年に生産が始まっています。アルミニウム金属とほぼ相前後して発展しています。比重が1.74と実用金属のなかで最も軽く主に航空機用に利用されます。


・亜鉛合金鋳物

亜鉛金属は16世紀に中国で開発され、欧州では18世紀から精錬が始まっています。
我が国では20世紀初めにドイツから精錬技術が導入されたようです。亜鉛合金鋳物は最初、印刷版用として使用されましたが、流動性のよい亜鉛−アルミ合金の開発によって、ダイカスト用として使用されるようになりました。


・鉄鋼生産

明治になって、たたら製鉄は粉状の砂鉄を石灰石や石炭に混ぜて固めるなど、原料の事前処理技術の改善、更に送風技術についても、天秤ふいごに代わってトロンプ、木製ルーツ式扇風機の利用、送風加熱などを行い、又、洋式高炉に近い炉高の高い角形炉の建設が行われました。
しかし、たたら製鉄は一回の操業毎に炉を解体するなど非効率で所詮、洋式高炉の生産性に敵わず衰退の一途をたどり、大正5〜6年のピ−クを最後に衰退してしまいます。  高炉についてはその後、改善が急速に進み昭和の後半には1日に1万トン以上生産する大型高炉の出現、更に、鋼にするための製鋼炉についても純酸素上吹転炉の普及、連続鋳造技術による歩留り向上などで、我が国は世界有数の鉄鋼生産国となりました。


18世紀の高炉
18世紀の高炉
18世紀中頃の木炭高炉(アレクサンドロフ製鉄所の高炉)ー「鉄の誕生」より
現在の高炉
現在の高炉

・鉄鋼生産技術に関するヨーロッパとの関わり

永い鎖国時代から開放された明治以降の我が国における鉄鋼生産技術に関してはヨーロッパの技術を大幅に取り入れて発展しています。
このヨーロッパにおける、中世から近代の鉄鋼生産技術の発達について若干ふれてみます。
1400年代までのヨーロッパにおける鉄鋼の生産は、鉄鉱石を精錬し、半溶融状の錬鉄を鍛えて造るいわゆる直接製鉄法でした。
1400年代後半になって、木炭を原料として水車で送風する高炉法が発達し、溶融した鉄を扱う高炉−精錬炉の間接製鉄法、ならびに鋳造に移行しています。

1709年 イギリスでは高炉の燃料としてコークスを使用することに成功しています。
この方法で生産された鉄は、はじめは鋳造用に使われ、鋼用に使用されるのは、もっと後の時代になります。
1740年 イギリスでルツボ法による鋳鋼の製造に成功。これまでの鋼は溶けないものとの常識を打破しました。
1775年 イギリスでパドル法という反射炉を発明し、コークス高炉→パドル法→圧延機法による新しい製鉄技術の体系に移行しています。
1828年 イギリスで高炉に熱風を送風する操業方法を発明します。
1856年 イギリスでベッセマー転炉の発明。炉底から空気を吹込み精錬する方法ですが酸性耐火物使用のため高燐銑は使用できないという欠点がありました。
1864年 フランスで蓄熱室を持った平炉法による溶鋼製造の工業化に成功。これにより、転炉法と平炉法による溶鋼製造が行われるようになります。
1879年 イギリスでトーマス転炉を発明。塩基性耐火物を用いた炉で、ヨーロッパに多い高燐銑の使用が出来るようになります。
この塩基性耐火物はその後、平炉法にも活用されることになります。
1949年 オーストリアで純酸素上吹き転炉(LD転炉)を発明。ベッセマー転炉やトーマス転炉は炉底から空気を吹込む方法でしたが、この転炉は炉の上部から純酸素を溶鉄の表面に吹きつけ精錬するものです。


LD転炉の発明により、それまでの平炉法主体の製鋼法からLD転炉主体の製鋼法に移行し現代に至っています。尚、このLD転炉法については、日本はいち早く取り入れ実用化するなどLD転炉法の普及に大きく貢献しています。

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「参考文献」
鋳物五千年の歴史(日本鋳物工業新聞社)/たたら(玉川大学出版部)/鉄のメルヘン(アグネ)
鋳物の技術史(社団法人 日本鋳造工学会)/ 鋳物の実際知識 (綜合鋳物センター)
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